[本棚の旅] 第1回 三澤彩奈

By 2021年11月22日1月 25th, 2022本棚の旅

無数にある本の海から、それぞれの出会いを経て、自分の本棚にやってきた本たち。繰り返し読んでしまう本、人生の指針を教えてくれた本、わたしのいちばん好きな本。理由も出会いもさまざま。気になるあの人はどんな本を読んできたのか。それぞれの個性がつまった本棚を、ウェブと書店とで連動して紹介する「本棚の旅」。
今回は女性ワイン醸造家の、三澤彩奈さんおすすめの本のお話をお聞きしました。

手仕事の日本 柳宗悦

海外のワイン産地で学ぶ機会に恵まれ、山梨にある実家のワイナリーに戻った当初、海外でワインを造ることへの未練を断ち切ることができませんでした。本書を読み、島国ならではの多様な気候ときめ細やかな手仕事こそが日本ワインの特色であると考えるようになりました。日本人醸造家として、美しいものづくりを極めていきたいと思わせてくれた本でもあります。
1985年に第一刷が発行された本ですが、その一文一文は色褪せることがないどころか、今読んでも新しい感覚を得ることのできる素晴らしい本だと感じ、この本に出合えたことに感謝しています。

赤ひげ診療譚 山本周五郎

山梨所縁の作家、山本周五郎の数ある珠玉の作品の中でも、本書は母方の祖父が医者を志すきっかけとなったこともあり、今でも読み返す本です。祖父は赤ひげに憧れ、町医者として地域医療に身を捧げました。
一方、父方の祖父が造ったワインには、ワイン好きで知られた山本周五郎のエッセイに登場する銘柄があります。その後、お名前にちなんで「周五郎のヴァン」と名付けられ、題字も直筆のサインをいただきました。二人の祖父のおかげで、山本周五郎は身近な存在でした。
山本周五郎の描く人情あふれる物語は、毎日を懸命に生きる人々に寄り添います。それは、まるで熟成した赤ワインのよう。全ての要素が溶け込んだワインは、飲む人の希望も絶望も優しく包み込みます。
山本周五郎の作品を読むたび、地域の人々と支え合いながらブドウ畑を守っていく日常がどれほど尊いものなのかを考えさせられます。

本と書店への想い

幼いころから読書が好きで、学校や地元の図書館には毎日のように通っていました。中でも夢中になったのが、芸術性に優れたロシア文学とフランス文学でした。父には、朗月堂さんを初め、県内の書店によく連れて行ってもらいました。ある日、隣町から書店が無くなることを聞くと、「文化が無くなってしまうなあ」と言っていたことが記憶に残っています。中学入学のお祝いで日本文学全集をプレゼントしてくれたこともありました。

大人になるにつれて、本棚はノンフィクションが埋め尽くすようになりましたが、簡単に読み砕けないような本が良いです。私はものづくりに携わっていますが、昨年はコロナ禍により外出する機会が減り、行動も制限される中で、創造性を育てるためにひたすら本を読むことに決め、柳宗悦、中沢新一、南方熊楠などを読み耽るうち、日本のものづくりにおける美が浮き上がってきました。さらに、ご著書を通して、当ワイナリーのラベルデザイナーでもある原研哉氏の美意識にも触れたことも大きく、読書が今年の11月末に発売する新銘柄「三澤甲州」の誕生に大きく繋がることとなりました。産地特性と日本の美を表現することに努めたワインです。
3年前、初めて共著「日本のワインで奇跡を起こす」(ダイヤモンド社)を出版しました。一冊の本を書くということがどれだけ大変なことかを思い知りました。書き手の文章そのものだけではなく、編集者によって挿絵、行間、平仮名や漢字の使い分けまでが考え抜かれ、一冊の本を構成していることを経験し、ますます本に愛着を持ちました。出版記念の会を、朗月堂さんで行わせていただいたことも良い思い出です。これからもずっと通い続けたいと思います。

三澤彩奈(みさわあやな)/ワイン醸造家

1923年山梨で創業、中央葡萄酒株式会社(グレイスワイン)4代目社主の長女として、幼い頃よりワイン造りに親しむ。フランス栽培醸造上級技術者取得。ボルドー大学醸造学部、ステレンボッシュ大学院に留学後、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、アルゼンチンのワイナリーで研鑽を積む。2008年より、グレイスワイン栽培醸造責任者。